薬師寺
日本の世界遺産に登録されている薬師寺は奈良のお寺です。戦後だけみても薬師寺の変化は著しい。1966年収蔵本、72年お写経道場、76年金堂、81年西塔、84年中門、91年玄奘三蔵院伽藍、2003年夫講堂が再建され、その問に回廊も復興されている。しかも資金は、一般の人々からの写経永代供養料のみ。
台風や地震で荒れていた薬師寺を復興したのは、先々代の菅生、高田好胤。檀家をもたない薬師寺の復興に「お写経勧進」を思いつき、日本全国行脚を始めた。一文字一文字心をこめて写経することは、仏像を刻むのと同じこと。本来もつ清浄な心を写経によって取り戻す、と解き、それを求めた宗派を問わない人々の思いが集まったのだ。68年に始まった写経勧進は8年で百万巻、10億円に達し、金堂の再建に当てられた。現在も写経勧進は続いている。
今見る薬師寺は、まさに、国民が建てた伽藍なのである。建設にあたったのは、最後の宮大工といわれる西岡常一。「コンクリートは300年しかもたないが、木は千年もつ」と木材での再建にこだわった。
「修学旅行での高田好胤さんの説法はホント、面白かったよね。これぞ本来のお寺さんのあり方だ」。山下先生も大いに納得。
薬師寺を回るとき、心したいのが、由緒あるお寺だからと言って、自分勝手に敷居を上げないこと。薬師三尊を金堂の外の灯龍前からかかんでみることを教えてくれたのは、ほかならぬお寺の方。
仏像もしかり。薬師寺には、奈良白鳳時代の仏像が多く、いずれも国宝。それに加え、近年造られた仏像も多い。「その中には、直接、手で触れられる仏様もいます」。
まさにお寺の思いやりの賜物なのだ。その仏様は、人講堂にある釈迦十人弟子像。
お釈迦様のお弟子たちと握手ができる唯一の場所。お写経勧進の人々への恩返し、ありかたくちょうだいしたい。
680(白雄31)年、天武天皇が皇后(後の持続天皇)の病気平癒を薬師如来に祈願し、それを本尊として薬師寺の建立を発願。
天皇が皇后のために寺を建てたのは日本では薬師寺が初めて。
持続天皇による薬師如来開眼供養などを経て、698(朱鳥13)年、文武天皇による、講堂阿弥陀仏開眼によって完成を見る。平城京遷都を期に、718(養老2)年、現在の場所に移った。その後も地震や台風などで伽藍の消失、再建が繰り返されてきた。法相宗大本山。
2008年12月22日|
カテゴリー:古都奈良の文化財

